ジョンベネ事件兄が犯人?現在の動画と事件をタイムラインで

  • 2017年4月29日
  • 2018年11月6日
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アメリカの未解決事件で最も有名なものの1つが、ジョンベネ事件です。

ジョンベネ・ラムジー殺害事件は、1996年12月26日、アメリカのコロラド州、ボルダーで起きました。

この事件では誰も起訴されていないし、調査は今でも続いています。

初期の段階では両親に疑惑の目が向けられました。
しかし現場に残されたDNAがラムジー家とは無関係の男性のものとわかり、家族の潔白が証明されました。

  • 被害者ジョンベネちゃんとは?
  • 事件の経緯をタイムラインで詳しく説明!
  • 検死結果からパイナップル、兄が怪しい?
  • 兄バークの現在と動画

をお送りします。

ジョンベネ事件の被害者、ジョンベネちゃんとは?

ジョンベネ・ラムジー(JonBenét Ramsey)

生年月日:1990年8月6日

没年月日:1996年12月26日(6歳)

誕生地:ジョージア州アトランタ

両親:
ジョン・ベネット・ラムジー(父親)
パトリシア<パッツィー>・ラムジー(母親)

兄弟姉妹:
バーク・ラムジー(兄)
ジョン・アンドリュー・ラムジー(異母兄弟)
メリンダ・ラムジー・ロング(異母姉妹)
エリザベス・ラムジー(異母姉妹)

ジョンベネは、彼女の父親、ジョン・ベネット・ラムジーにちなんで付けられました。
フランス風の発音です。

父親は再婚で、異母兄弟姉妹は成人しています。

リトルミスコロラド、リトルミスシャールボイ、コロラド州オールスターキッズカバーガール、アメリカロイヤルミス、ナショナルタイニーミスビューティなど、6歳でしたが美人コンテストを総なめする美貌の持ち主でした。

現在は、2006年に卵巣癌で亡くなった母親と、1992年に自動車事故で亡くなった異母姉妹のエリザベス・ラムジー(22歳)と共に、ジョージア州マリエッタに埋葬されています。

事件の経緯をタイムラインで詳しく説明!

1996年12月25日(水)

ラムジー家は友人とクリスマスパーティに出席して帰宅。
父親ジョンが眠っていたジョンベネをベッドへと連れて行き寝かせる。
9歳の兄バークも一緒に家にいた。

1996年12月26日(木)

母親パッツィーが、午前5時52分に警察に電話をかけ、娘が誘拐され身代金を要求する脅迫状を見つけたと報告する。
脅迫状は、キッチン階段にあり、現金で$118,000が要求されていた。
この金額はジョンがその年にボーナスで受け取った額と全く同じ額だった。

警察が到着し、捜査を開始する。

午後、父親ジョンが自宅を探して、ジョンベネの遺体を地下室で発見する。
手首と首の周りにナイロンコードがあり、胴体は白い毛布で覆われ、口はダクトテープで塞がれていた。

1996年12月30日(月)

警察は、ラムジー家族から血液と髪のサンプルを摂取したと発表。
またジョン・アンドリュー・ラムジーとメリンダ・ラムジー・ロングが殺人の日に町から出ていたとも述べた。

1996年12月31日(火)

ジョンベネがジョージア州マリエッタの、エリザベス・ラムジーの隣に埋葬される。

1997年1月1日(水)

ラムジー夫妻がCNNでインタビューに答える。

1997年1月3日(金)

警察は、脅迫状が自宅のメモ用紙から破られたものだと発表。
これは犯人が家に到着後に書いたことを意味する。

1997年3月7日(金)

脅迫状の手書き分析により、父親ジョンが書いていないことが証明される。
しかし母親パッツィーは除外されず、警察は母親を疑っていた兆候がある。

2006年6月4日(日)

卵巣癌でパッツィー・ラムジーが死亡。

2006年8月16日(水)

41歳のジョン・マーク・カールが、事件の容疑者としてタイのバンコクで逮捕されたと発表。

カールは小学校の教師で、離婚した3人の息子の父親。
ジョンベネを愛していた、彼女の死は事故であったと述べる。

2006年8月28日(月)

ボルダー郡検察官は、カールのDNA検査の結果、犯罪現場で見つかった証拠と一致しないことを確認。
ジョンベネの殺人と関連してカールを告発しないことを発表。

2008年7月

ボルダー郡地方検事は、新たに開発されたDNAサンプリングおよび検査技術(タッチDNA)の結果、ラムジーファミリーは、もう容疑者とはみなされないと発表。
家族が約12年間疑われながら過ごしたことを、ジョン・ラムジー宛の手紙で正式に謝罪。

2009年2月

ボルダー警察が調査を再開。

2013年1月

ボルダー地元紙が、大陪審が1999年にラムジー夫妻を児童虐待罪で起訴を決定したが、地区検事が署名を拒否したため起訴されなかったと報道。

 


続いて、検死結果です。

検死結果からパイナップル?兄が怪しい?

検死の結果、絞殺と頭蓋骨の骨折による死亡と明らかになりました。

性的暴行は否定できませんが、強姦の兆候はありませんでした。

ジョンベネは、彼女が寝ていた時に着ていた服ではなく、白のレギンスとシャツを着ていました。

ガローテ(ナイロンコードと折れた絵筆で作られた、絞首の際に使う道具)はジョンベネの首に巻かれていて、絞め殺す際に使われたようです。

絵筆の毛先の一部は、母親の美術用具を入れた容器で見つかりましたが、残りは警察の3日に渡る調査にも関わらず発見できませんでした。

また死ぬ数時間前に、パイナップルなどの野菜か果物を食べたことが明らかになりました。

ジョンベネの遺体が見つかった日に撮影された一家の写真には、キッチンテーブルにパイナップルの入ったボウルが写っています。
しかし夫妻は、テーブルにボウルを置いたことも、ジョンベネに食べさせた記憶もないと言っています。

警察は、9歳の兄バークの指紋をボウルに発見しました。
しかし夫妻は、警察が到着して数時間後に目を覚ますまで、バークはずっと眠っていたと主張しています。

ジョンベネの兄バークの現在

うーん、何だかにわかに兄バークが怪しくなってきましたね。

2016年9月、CBS放送の「Dr. Phil」という番組にバークが出演、インタビューに答えました。
彼はもう29歳になっていました。

そして同じCBS放送で、ドキュメンタリー番組「The Case Of: JonBenét Ramsey」が放送され、そこでは兄バークが真犯人とした作りになっていました。
これ、バークは知っていてインタビューに答えたんでしょうかね。

番組の仮説では、夜中に起きたジョンベネがキッチンにあったパイナップルを食べてしまう。
それを見たバークが怒り、手元にあった懐中電灯で頭を殴り、殺してしまう。
両親がバークをかばい、嘘の脅迫状を作る、というものでした。

 

次の動画はabcニュースのものですが、「Dr. Phil」出演時のバークの他、事件に使われたガローテ、見つかった地下室の様子、警察に電話した時の音声、当時のインタビューの様子など、いろいろ貴重な映像が含まれていて必見です!

でバーク、怒ってないのかなあ?と思ってたら、怒ってました^^;

 

2016年10月6日(木)

バーク・ラムジーは、法医学者であるワーナー・スピッツ博士に対して、1億5000万ドルの名誉毀損訴訟を起こしました。
この訴訟は、博士がバークが妹を殺したと理論化した、ジョンベネ殺人事件に関するCBSドキュメンタリー放映からきています。

2016年12月28日(水)

バーク・ラムジーは、 CBS、制作会社クリティカル・コンテンツLLC、名誉毀損犯の専門家7人およびコンサルタントを非難して民事訴訟を提訴しました。
2億5,000万ドルの補償的損害賠償と5億ドルの懲罰的損害賠償を求めています。

 

ですよねー。

まとめ

ジョンベネ事件について、いかがでしたでしょうか。

事件が起こった時は日本でも報道されて、ジョンベネちゃんの可愛いさに、お人形さんみたいな子がいるんだなあ!と感動したのを覚えています。

両親が怪しいと報道されていましたが、そのせいで家族が捜査に非協力的になったというのもあったようです。

ここにきて兄犯人説、どうでしょう?
当時の写真を見ると、ジョンベネちゃんと比べて、お兄ちゃんは本当にパッとしない。

妹ばかり構われて、という日頃の鬱憤というのはあったのかなあ、という気もします。

でも実際、もうこの事件が解決する日はきっと来ないのかなあ。

それにあの可愛いジョンベネちゃんは帰って来ないですものね(TT)