フィギュアスケート・アメリカが選ぶ男子歴代選手10人とは

フィギュアスケートの平昌五輪代表選考の話題が増えてきましたね。
どの選手が選ばれるか、私も楽しみに見ています。

フィギュア関連の記事を検索していたら、面白いページを見つけたのでご紹介したいと思います。
コメントを入れていたら長くなってしまいましたが、題して、

アメリカが選ぶ男子歴代選手10人

です。

アメリカ人ばかりじゃないですよ!

10位:トッド・エルドリッジ

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

トッド・エルドリッジは、アメリカのフィギュアスケート選手です。

生年月日:1971年08月28日(46歳)
身長:173cm
引退:2002年(31歳)

世界フィギュアスケート選手権
 1996 エドモントン 男子シングル
 1995 バーミンガム 男子シングル
 1997 ローザンヌ 男子シングル
 1998 ミネアポリス 男子シングル
 1991 ミュンヘン 男子シングル
 2001 バンクーバー 男子シングル

ISUグランプリファイナル
 1996-97 ハミルトン 男子シングル
 1997-98 ミュンヘン 男子シングル

世界ジュニアフィギュアスケート選手権
 1988 ブリスベン 男子シングル
 1987 キッチナー 男子シングル

まずは地元、アメリカのトッド・エルドリッジが10位にランクインです!

エルドリッジは、マサチューセッツ州の漁師の家に生まれました。
フィギュアに魅せられ、才能を見出されたトッドは、親元を離れ、フィラデルフィアで修行するまでに…!

でもフィギュアスケートって、とってもお金がかかるんですよね。
12歳の時、両親がこれ以上負担は出来ないということになり…夢はこれまでか?となったところ。
なんと、故郷の人が資金援助を申し出てくれて、練習を続けることができたそうです。

成功を収めたエルドリッジは、その恩返しをするように、故郷の若者のためのスポーツ活動を支援し、慈善事業にも熱心に取り組んでいます。

エルドリッジのスケーティング評価はとても高く、シンプルで磨き抜かれた、教科書のような演技をする選手と言われました。
10年以上もの間「4回転を跳ばない最後の世界チャンピオン」とも言われ、多くのファンに愛されました。

9位:カート・ブラウニング

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

カート・ブラウニングは、カナダのフィギュアスケート選手で、現在はプロスケーターと振付師をしています。

生年月日:1966年06月18日(51歳)
身長:170cm
引退:1994年(28歳)

世界フィギュアスケート選手権
 1989 パリ 男子シングル
 1990 ハリファックス 男子シングル
 1991 ミュンヘン 男子シングル
 1993 プラハ 男子シングル
 1992 オークランド 男子シングル

カナダのレジェンド、カート・ブラウニングが9位にランクインです。
羽生結弦選手がカナダに行った時、エキシビジョンの振り付けをしたことでも有名ですね。

ブラウニングは、世界で初めて4回転ジャンプを成功させました。
この偉業で、ギネスブックに記載されています。

プロ転向後はスターズ・オン・アイスで活動、2007年に世界フィギュアスケート殿堂入りもしています。
CBCでの分かりやすい解説と、温かい人柄で、ファンと選手から愛されています。

ブラウニングの「雨に唄えば」は絶賛されていますね^^

8位:ブライアン・オーサー

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

ブライアン・オーサーは、カナダのフィギュアスケート選手で、現在はコーチをしています。

生年月日:1961年12月18日(55歳)
身長:168cm
引退:1988年(27歳)

オリンピック
 1984 サラエボ 男子シングル
 1988 カルガリー 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1987 シンシナティ 男子シングル
 1984 オタワ 男子シングル
 1985 東京 男子シングル
 1986 ジュネーヴ 男子シングル
 1988 ブダペスト 男子シングル
 1983 ヘルシンキ 男子シングル

オリンピック、銀メダリストが8位にランクインです!

オーサーは現役時代、当時最も難しいとされていた3回転半ジャンプができたので、「ミスタートリプルアクセル」と言われていました。

引退後は、元恋人から告訴され、ゲイであることが暴露されてスキャンダルになったり。
コーチをしていたキム・ヨナとの契約を一方的に解除された、と泥沼の関係解消になったり。

しかしその後、オーサーは羽生結弦選手のコーチになり、ユヅは2014年ソチで金メダルを取っています。
キムも金メダルを取っているし、コーチとして本当に優秀、これからも期待したいですね!

7位:ジョン・カリー

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

ジョン・カリーは、イギリスのフィギュアスケート選手でした。

生年月日:1949年09月09日
没年月日:1994年04月15日(44歳)
引退:1976年(27歳)

オリンピック
 1976 インスブルック 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1976 ヨーテボリ 男子シングル
 1975 コロラドスプリングス 男子シングル

ヨーロッパフィギュアスケート選手権
 1976 ジュネーヴ 男子シングル
 1975 コペンハーゲン 男子シングル
 1974 ザグレブ 男子シングル

イギリスの選手が7位にランクインしました!

ジョン・カリーは、エイズにより44歳の若さで亡くなった、イギリスのヒーロー的スケーターです。

バーミンガムに生まれ、サマーセットの寄宿学校で教育を受けました。
子供の頃はバレエダンサーを夢見ていたというジョンでしたが、父親にバレエは男子に相応しくないと許してもらえませんでした。
でも7歳の時、スケートは許して貰えました。

そんな彼のスケーティングは、バレエと現代のダンスを組み合わせた美しい滑りで、1976年に歴史的3冠(金メダル)を達成するまでになりました。

カリーはその3冠達成直前(世界選手権前)、ドイツのタブロイド紙Bild-Zeitungにゲイであることを暴露されています。
今ならそうなんだ、という感じですが、当時は衝撃的だったのでしょうね。

3冠達成後、カリーはプロに転向しました。

1987年にHIVと診断され、1991年にエイズ発症、故郷に帰ったカリーは、1994年に死去しています。
俳優アラン・ベイツの伝記によると、カリーはベイツの腕の中で亡くなったそうです。

6位:スコット・ハミルトン

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

スコット・ハミルトンは、アメリカのフィギュアスケート選手で、現在はフィギュアスケートの解説者をしています。

生年月日:1958年08月28日(59歳)
身長:163cm
引退:1984年(26歳)

オリンピック
 1984 サラエボ 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1981 ハートフォード 男子シングル
 1982 コペンハーゲン 男子シングル
 1983 ヘルシンキ 男子シングル
 1984 オタワ 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権4連覇のスコット・ハミルトンが6位にランクインです!

ハミルトンは生後6週間で養子になり、オハイオ州で育ちました。

2歳の時、原因不明の病気で成長が止まるという悲劇が起こりました。
数年後に先天性脳腫瘍が病気の原因であることがわかりましたが、アマチュア時の体重は49kg、身長は159cmでした。

1984年、プロに転向し、スターズ・オン・アイスで活躍しながら、NBCでは解説者としても人気者です。
1990年には世界フィギュアスケート殿堂入りを果たしました。

日本では、キムヨナ上げ、浅田真央下げの発言で有名?

2010年、良性腫瘍の除去のため、脳手術を行いました、手術は成功。
放置しておくと、失明する恐れがあったそうです。

2016年にも脳腫瘍診断を受けています。
ハミルトンにとっては一生、お付き合いしなくてはならない問題(脳腫瘍)なのでしょうね。


ベスト5に入ります!

5位:ブライアン・ボイタノ

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

ブライアン・ボイタノは、アメリカのフィギュアスケート選手です。

生年月日:1963年10月22日(54歳)
身長:180cm
引退:1988年(25歳)1994年(31歳)

オリンピック
 1988 カルガリー 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1986 ジュネーヴ 男子シングル
 1988 ブダペスト 男子シングル
 1987 シンシナティ 男子シングル
 1985 東京 男子シングル

世界ジュニアフィギュアスケート選手権
 1978 ムジェーヴ 男子シングル

イタリア系アメリカ人のブライアン・ボイタノが5位にランクインです!

ボイタノはカリフォルニア州マウンテンビューで生まれ、サニーベールの高校を卒業しました。
アメリカ人で初めてトリプルアクセル(3回転半)ジャンプを成功させたのが、ボイタノです。

1988年のカルガリーオリンピックが、ボイタノのアマチュアキャリアのハイライトでした。
前年の王者ブライアン・オーサーとの対決し、勝ったのです。

その後プロに転向しますが、プロ解禁に伴い、1994年のノルウェー、リレハンメルに出場します。
しかしショートプログラムでのトリプルアクセルのミスにより、メダルを逃しました。

1996年、世界フィギュアスケート殿堂入りです。

2013年にゲイであることを公表しています。

4位:エルビス・ストイコ

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

エルビス・ストイコは、カナダのフィギュアスケート選手です。

生年月日:1972年03月22日(45歳)
身長:170cm
引退:2002年(30歳)

オリンピック
 1994 リレハンメル 男子シングル
 1998 長野 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1994 千葉 男子シングル
 1995 バーミンガム 男子シングル
 1997 ローザンヌ 男子シングル
 1993 プラハ 男子シングル
 2000 ニース 男子シングル
 1992 オークランド 男子シングル

四大陸フィギュアスケート選手権
 2000 大阪 男子シングル
 1999 ハリファックス 男子シングル

ISUグランプリファイナル
 1996-97 ハミルトン 男子シングル
 1995-96 パリ 男子シングル
 1997-98 ミュンヘン 男子シングル
 1999-2000 リヨン 男子シングル

スケートだけでなく、空手、レーシングカー、俳優と多才なエルビス・ストイコが4位にランクインです!

スロベニア人の父親とハンガリー人の母親の間に生まれたストイコは、4歳でスケートを始め、6歳で優勝、神童という感じですね。

1991年の世界選手権で、4回転-2回転のコンビネーションジャンプを世界で初めて成功させました。
後に、VHSテープでの勉強が4回転ジャンプ習得に役立ったと語っています。

1995年のカナダ選手権では、練習中に足首に深刻な負傷、にも関わらず出場、途中棄権しました。
しかしその年の世界選手権は、怪我が完治していないながらも、全ての演技をこなし優勝。
ストイコの最も印象的な演技の一つと言われています。

1997年のISUチャンピオンシリーズファイナルでも、4回転-3回転のコンビネーションジャンプを世界で初めて成功させ、優勝しました。

1998年の長野オリンピックでは、腿の付け根を負傷、しかしインフルエンザからの回復中で、薬物検査に引っかかる恐れがあるため、鎮痛剤を服用できませんでした。
そのため4回転トウループを3回転ジャンプに格下げし、銀メダルを獲得しました。

ストイコは怪我との闘いが多い選手だったのですね。
それでも強い精神力で素晴らしい成績を残しているのが、スゴイです。

 

いよいよベスト3!
どんな選手が入っているのでしょうか?

3位:エヴァン・ライサチェク

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

エヴァン・ライサチェクは、アメリカのフィギュアスケート選手です。

生年月日:1985年06月04日(32歳)
身長:188cm

オリンピック
 2010 バンクーバー 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 2009 ロサンゼルス 男子シングル
 2005 モスクワ 男子シングル
 2006 カルガリー 男子シングル

四大陸フィギュアスケート選手権
 2005 江陵 男子シングル
 2007 コロラドスプリングス 男子シングル
 2009 バンクーバー 男子シングル
 2004 ハミルトン 男子シングル
 2008 高揚 男子シングル

ISUグランプリファイナル
 2009 東京 男子シングル
 2007 トリノ 男子シングル

世界ジュニアフィギュアスケート選手権
 2001 ソフィア 男子シングル
 2003 オストラヴァ 男子シングル
 2004 ハーグ 男子シングル

まだ引退の文字が出ていない若いエヴァン・ライサチェクが3位にランクインです!

シカゴ生まれのライサチェクは8歳からスケートを始め、3年後には全米ジュニア選手権で優勝。
翌年のジュニアオリンピックは4位と、メキメキと頭角を現しました。

同時多発テロによる大会中止や、連続の怪我で活躍の場を逃すも、2003年には国際大会デビューしました。
怪我と闘いながら、着実に2010年バンクーバーオリンピックへの金メダルへと歩んだライサチェクです。

ところで、ライサチェクはこの金メダルを、4回転ジャンプ無しで取ったことで一時期話題になりました。
無難に3回転で演技をまとめた方が勝てるのか?それで良いのか?ということですね。

当時、ライサチェクは怪我が悪化する恐れがあったため、4回転ジャンプは跳ぶことができない状態でした。
バンクーバーオリンピックの時点のルールでは、優勝は自分だと正当性をライサチェクは主張しています。
まあ、当然ですね。

これがその男子フリーでの「シェヘラザード」です、確かにミスのない綺麗な演技です。
でもドキドキしない演技はあまり記憶に残らないのか、日本人にとって、ライサチェクは印象の薄い選手のようです。
まだ引退を発表していないライサチェクですが、2014年のテレビインタビューでは、

アマチュアキャリアの終わりに近づいている

と語っています。
2014年のソチオリンピックにも出場していませんし、そろそろ公式発表があるかもしれませんね。

2位:ギリス・グラフストローム

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

ギリス・グラフストロームは、スウェーデンのフィギュアスケート選手でした。

生年月日:1893年06月07日
没年月日:1938年04月14日(44歳)

オリンピック
 1920 アントワープ 男子シングル
 1924 シャモニー 男子シングル
 1928 サンモリッツ 男子シングル
 1932 レークプラシッド 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 1922 ストックホルム 男子シングル
 1924 ストックホルム 男子シングル
 1929 ロンドン 男子シングル

スウェーデンの100年前の選手が2位にランクインしました!

ギリス・グラフストロームは、ストックホルムで生まれました。

オリンピックで3大会連続金メダルを初めて獲ったのがギリスです。
また夏季オリンピック(1920年)と冬季オリンピック(1924年と1928年)の両方で金メダルを獲得した唯一の人物でもあります。

1925年から、グラフストロームはドイツのポツダムに住みました。
凍ったボルンシュテット湖や、ベルリンのヴォルクパーク・フリードリッヒシャインの人工氷上リンクで練習したそうです。

グラフストロームは、ベルリン工科大学で建築を学び、その後建築家としても働きました。

スケートに関するグラフィック、絵画、彫刻を好んで収集していました。
このコレクションは、妻のセシリー・メンデルスゾーン・バドルディ(1898-1995)が引き継ぎました。

現在このコレクションは、アメリカ、コロラドスプリングズの世界フィギュアスケートミュージアムで見ることができます。
グラフストロームが2位に入るのは、こういう理由かもしれないですね。

グラフストロームはポツダムで、敗血症のため1938年に44歳で亡くなりました。
1976年に世界フィギュアスケート殿堂入りを果たしています。

1位:エフゲニー・プルシェンコ

どんな選手?:画像検索(別ウィンドウが開きます)

エフゲニー・プルシェンコは、ロシアのフィギュアスケート選手です。

生年月日:1982年11月03日(35歳)
身長:178cm
引退:2017年(35歳)

オリンピック
 2006 トリノ 男子シングル
 2014 ソチ 団体戦
 2002 ソルトレイクシティ 男子シングル
 2010 バンクーバー 男子シングル

世界フィギュアスケート選手権
 2001 バンクーバー 男子シングル
 2003 ワシントンD.C. 男子シングル
 2004 ドルトムント 男子シングル
 1999 ヘルシンキ 男子シングル
 1998 ミネアポリス 男子シングル

ヨーロッパィギュアスケート選手権
 2000 ウィーン 男子シングル
 2001 ブラチスラバ 男子シングル
 2003 マルメ 男子シングル
 2005 トリノ 男子シングル
 2006 リヨン 男子シングル
 2010 タリン 男子シングル
 2012 シェフィールド 男子シングル
 1998 ミラノ 男子シングル
 1999 プラハ 男子シングル
 2004 ブダペスト 男子シングル

ISUグランプリファイナル
 1999-2000 リヨン 男子シングル
 2000-01 東京 男子シングル
 2002-03 サンクトペテルブルク 男子シングル
 2004-05 北京 男子シングル
 2001-02 キッチナー 男子シングル
 2003-04 コロラドスプリングス 男子シングル
 1998-99 サンクトペテルブルク 男子シングル

世界ジュニアフィギュアスケート選手権
 1997 ソウル 男子シングル

これは誰もが納得でしょう!1位に選ばれたのは、皇帝と呼ばれるエフゲニー・プルシェンコでした!
日本でも人気ですが、アメリカでも人気なのですね。

プルシェンコはソビエト連邦ハバロフスク地方、ジャムクで生まれました。

4歳からフィギュアスケートのレッスンを始め、14歳で世界ジュニア選手権で優勝。
若くして世界ジュニアチャンピオン、世界メダリストとなったのでした。

その後も快進撃を続け、順風満帆…というわけではなく、もちろん信じられないほどの好成績を残しております。
ゴールドの数がスゴイですね!!

怪我や故障に悩まされながらも、猛練習で難易度の高いプログラムに挑むのがプルシェンコのスタイルです。
なので見ている方は白熱するし、応援に熱も入るのですね。

ベストパフォーマンスと紹介されていたこの動画は、再生回数53万回を超えていました。
最近ではアニメ『ユーリ!!! on ICE』ヴィクトル・ニキフォロフの技術面モデルとしてアクセスする人も多いそうです。
(コメントにちらほら。)

さて、休養の後に臨んだ、2010年のバンクーバーオリンピックでも、プルシェンコは4回転-3回転の連続ジャンプを成功させました。
しかし結果は、3回転しか跳ばなかったライサチェックが金メダル。
プルシェンコは強いわだかまりを感じたそうですが、結果はもちろん覆りませんでした。

その後、椎間板ヘルニアの悪化により、治療、リハビリ、怪我などいろいろありました。
2014年のソチオリンピックは、個人戦は棄権して、団体戦での出場でした。

そしてやはり体がもう限界のようで、引退を決めました。
今後はサンクトペテルブルクでスケートスクールを開きたいそうです。

プルシェンコに憧れる生徒が、たくさん集まってきそうですね!

まとめ

フィギュアスケート・アメリカが選ぶ男子歴代選手10人、いかがでしたでしょうか。

  • 10位:トッド・エルドリッジ
  • 9位:カート・ブラウニング
  • 8位:ブライアン・オーサー
  • 7位:ジョン・カリー
  • 6位:スコット・ハミルトン
  • 5位:ブライアン・ボイタノ
  • 4位:エルビス・ストイコ
  • 3位:エヴァン・ライサチェク
  • 2位:ギリス・グラフストローム
  • 1位:エフゲニー・プルシェンコ

という結果でした。

アメリカの選手だけでなく、他国の選手や、昔の選手が上位にいたのが面白いなと思いました。
プル様が1位だったのは嬉しかったですね!

あとゲイの方が意外に多いのだなあ、と驚きました。
アニメ『ユーリ!!! on ICE』がちょっとそれっぽいのも、有り、なんですね。
(あ、私、別にそっちの方も全然オッケーですので…って何、書いてるんだ。)

ただ、アジア、日本の選手が全く入っていなかったのはちょっと残念でした。
あと数年後のランキングだったら、羽生結弦選手が入っていたかな?なんて。

女子選手編も良かったらご覧くださいね!

 

アメリカで今、人気の選手10人という記事も書きました、良かったら、こちらも読んで下さいね^^