キング牧師と公民権運動、演説、マルコムXとの違いも

1月の第3月曜日、16日の今日、アメリカはマーティン・ルーサー・キング・デイで祝日です。

キング牧師は、人種差別に対し非暴力運動で抗議し続け、1964年にノーベル平和賞を受賞しました。
そして4年後、39歳の若さで暗殺されました。

ここでは、

  • 公民権運動とそのきっかけ
  • 非暴力運動とは何なのか
  • 暴力的と言われたマルコムXとの違い
  • キング牧師の演説・名言「I have a dream わたしには夢がある」
  • 暗殺とその後、キング牧師の記念碑

について、まとめています。

キング牧師の公民権運動

キング牧師が主に中心となり、

人種差別撤廃
憲法で認められた個人の権利の保障

を求めた運動を、公民権運動と言います。

 

キング牧師は、本名を

マーティン・ルーサー・キング・ジュニア(Martin Luther King, Jr.)

といいます。
牧師の息子として1929年に生まれ、18歳で牧師になりました。
ボストン大学神学部で博士号も取得しています。

幼少の頃から黒人として理不尽な差別を受け、

アメリカには黒人のいる場所がない

と感じていたといいます。

リンカーンは1863年に奴隷解放宣言をしましたが、差別は全く無くなっていなかった時代です。
南部では学校やレストランなど、白人と同じところは利用できず、黒人専用が強制されていました。

 

公民権運動が活発となったきっかけは、

モントゴメリー・バス・ボイコット運動

1955年、アラバマ州で起きた運動です。

 

この頃、バスの利用者は7割が貧しい黒人でした。
しかし座席は前方の良い席が白人専用で、他の席も命じられたら譲るように法律で決められていました。

ある日、ある黒人女性が席を譲らなかったことで逮捕されました。
相談を受けたキング牧師が起こしたのが、このボイコット運動です。

非暴力運動のキング牧師

キング牧師の運動の特徴は、非暴力運動でした。

インド独立の父と言われる、マハトマ・ガンディー
ガンディーは非暴力運動で独立運動を指揮しました。

キング牧師は、ガンディーの非暴力闘争に深い共感を抱いていたのです。


非暴力というと、単純に「暴力を振るわないこと」と考えがちですが、正しくは、「非暴力・非服従」です。

 

この運動は、1人では成り立ちません
1人だったら、暴力を振るわれ、下手をしたら、命を奪われて終わりです。

でも10人、100人となったら、相手も躊躇うし、メディアや、世論の注目を集めるでしょう。
引いては、社会を変えることができるかも知れません。

暴力を振るわれるのは痛いし、怖いです。
命を捨てる覚悟を持って臨むのは、恐ろしいことです。

強い信念がなければ出来ないことです。

非暴力を貫くのは、想像以上に厳しいことです。
何をされても、逃げ出してもいけないのです。

 

モントゴメリー・バス・ボイコット運動でも、市当局は最初はすぐに黒人たちが諦めるだろうと思っていました。
しかし黒人達の結束は固く、全米メディアが黒人達に同情的であると知ると、圧力をかけてきました。

白人からの嫌がらせが激化し、キング牧師は不当逮捕されたり、自宅が爆破されました。
しかし彼らは怯みませんでした。

そして1年後、連邦最高裁判所は、「差別は違法である」という判決を出しました。
キング牧師達の勝利でした。

 

非暴力運動を進めたキング牧師とよく対象的に言われるのが、マルコム・Xです。
2人の違いは、何でしょうか?

キング牧師とマルコム・Xの違い

マルコム・Xは、キング牧師と並んで有名な黒人指導者です。

過激な発言が多く、攻撃的で、キング牧師を「弱腰」と批判していたこともありました。

 

これは彼の言葉です。

私は自衛のための暴力を、暴力とは呼ばない。知性と呼ぶ。

一見すると、非暴力運動の真逆のような言葉です。

しかし彼は、父親が人種差別主義者に惨殺されたり、ハーレムで犯罪に手を染めたこともある人です。
黒人が不当に無力に扱われることを見尽くし、戦うべきだと思っていたのではないでしょうか。

1人では、非暴力運動はできません。

 

キング牧師は、黒人を白人社会に合わせる融和的な指導者でした。
マルコム・Xは、黒人を白人と分けたいと考えていました。

それでも、2人の考えは最終的にはかなり近くなり、共同で戦う話もあったそうです。
しかしマルコムが先に暗殺されてしまい、実現することはありませんでした。

キング牧師の演説・名言「I have a dream わたしには夢がある」

有名なのは「I have a dream わたしには夢がある」でしょう。

1963年8月28日にリンカーン記念堂の前で行ったスピーチです。
長いので一部分だけ引用しました。

「I have a dream わたしには夢がある」

I have a dream that one day on the red hills of Georgia, the sons of former slaves and the sons of former slave owners will be able to sit down together at the table of brotherhood.

わたしには夢がある。
いつの日か、ジョージアの赤土の丘で、かつて奴隷であった者たちの子孫と、かつて奴隷主であった者たちの子孫が、兄弟として同じテーブルにつくことを。

I have a dream that my four little children will one day live in a nation where they will not be judged by the color of their skin but by the content of their character.

わたしには夢がある。
いつの日か、わたしの4人の幼い子供たちが、肌の色ではなく、その人となりで評価される国に住む時が来ることを。

And if America is to be a great nation, this must become true.

アメリカが偉大な国家となるためには、これは実現されなければならない。

 

動画も貼っておきます。
全文を聞けます。
音声の後、和訳されています。

 

最後に、キング牧師の最期のお話です。

暗殺とその後、キング牧師記念碑

キング牧師の最期は、テネシー州メンフィスでの暗殺でした。
1968年4月4日、ロレイン・モーテルのバルコニーにいたところを撃たれ、病院に運ばれましたが死亡しました。

犯人は白人男性のジェームズ・アール・レイ
事件から2ヵ月後にイギリスのロンドン、ヒースロー空港で偽造パスポートで逃亡しようとするところを逮捕されました。

テネシー州に護送され、懲役99年の判決を受けましたが、服役中に病死しています。

キングが暗殺された時は、暴動が起きました。
しかし葬儀が行われると、黒人だけでなく、たくさんのアメリカ人が葬儀に参列しました。

1986年には、1月の第3月曜日がマーティン・ルーサー・キング・デイで祝日になりました。

2011年10月16日、首都ワシントンD.C.にキング牧師記念碑が完成しました。

キング牧師がアメリカ社会に与えた影響は、計り知れないほど大きかったのは、間違いありません。

まとめ

非暴力運動で公民権運動を進めたキング牧師について、いかがでしたでしょうか。

  • 公民権運動のきっかけとなったのは、モントゴメリー・バス・ボイコット運動
  • 非暴力運動は、強い信念がいる過酷な運動だ
  • 対象的と言われるマルコムXだが、最後は近い考えを持っていた
  • 暗殺されたが、彼の思いは今も生きている

でした。

アメリカの小学校ではキング牧師について、かなり丁寧に習います。
私の娘も、スピーチ用の作文を書いたり、ムービーを見たり、いろいろしていました。

強い信念を持った、アメリカのヒーローの1人だと思います。