米西戦争をわかりやすく解説!アメリカの子供が学ぶポイントとは?

こんにちは、2000年からシリコンバレー在住のMAKIです。

アメリカ生まれの娘は、ずっと現地校に通っています。
数年前から、学校でアメリカの歴史を習うようになってきました。

実は私、日本史専攻で世界史をやらなかったので、アメリカの歴史をよく知りません。
これでは会話が出来ない!と、あれこれアメリカの子供向けのわかりやすい歴史サイトを見るようになりました。

今回のテーマの米西戦争(アメリカスペイン戦争)も知らなくて、初めて知ったのですが、

スペインが植民地にしていたキューバの独立を支援するために、アメリカとスペインの間で起こった戦争

とあり、ビックリ。

びっくり
MAKI
え、アメリカって、そんなに良いヤツでしたっけ?
キューバのためにスペインと戦争を?!

あ、よく読んだら、やっぱり嫌なヤツでした。
これがいかにもアメリカっぽくて面白かったので、是非お伝えしたくなりました。

というわけで、この記事では現地の子供が学ぶポイントを基本に、

  • 米西戦争の要点
  • アメリカが勝利で得たのは植民地
  • キューバの独立への思い
  • きっかけとなった戦艦メインの沈没
  • 何故かフィリピンから始まった米西戦争

についてわかりやすく楽しくご説明します。

米西戦争とは?

まずは要点だけをまとめてみます。

  1. 米西戦争(Spanish–American War)
  2. いつ?:
    1898年4月21日から8月13日
    3か月3週と2日間
  3. どこで?:
    キューバ、プエルトリコ(カリブ海諸国)
    フィリピン、グアム(アジア太平洋)
  4. 誰が?:
    アメリカ合衆国と、スペインが、
  5. 何をした?:
    戦争をして、アメリカ合衆国の勝利

3か月と短い戦争でした。
キューバ独立のためだから、戦場がキューバなのは分かりますが、何故、フィリピンやグアム??
この辺が鍵になっています。

余談になりますが、英語だと「Spanish–American War」ってスペインが最初に来るんですね。
たいてい自分の国を最初に持ってきますが…(例)日米、日露、日中…。
スペイン語ではどうなのかな?と調べたら、スペインが先に来ていました。
「戦争・スペイン・アメリカ」という並びです。
普通、そうですよね。
米墨戦争は?と見たら、「Mexican–American War」で、やはりアメリカが後ですね。
アメリカの文化的なものなんでしょうか。
日本では米西戦争、しっかりアメリカを先に持って来た命名です。

余談が長くなりました。

次にまずは前提!アメリカが戦争で得たものを見てみましょう。

米西戦争で勝利したアメリカが得たもの

米西戦争で勝利したアメリカは、1898年にパリ条約を締結しました。

内容は、

  • スペインはキューバに対する全ての権利を放棄、独立を許可
  • スペインはグアムとプエルトリコの植民地権をアメリカに譲渡
  • スペインはフィリピンを2000万ドルでアメリカに売却

というもの。
ん??

グアム・プエルトリコ・フィリピンに何の関係が?
思いますよね、ちなみにフィリピン・グアム・プエルトリコの人々の意志は無視、でした。
完全にアメリカとスペインの都合です。

フィリピンは実は、米西戦争の際に「スペインからの独立を支援するよ〜」と言ってアメリカ軍に協力させたのでした。
信じて戦ったのに、勝ったら約束は反故。
植民地支配がスペインからアメリカに変わっただけという落ち。

これは怒る、怒って当たり前。
フィリピンは翌年には米比戦争を起こしています。

※この頃、ハワイも併合されていますが、ハワイは米西戦争とは無関係です。

ところでキューバ。
独立させると言ったけど、1901年からはアメリカの保護国化、事実上の支配下です。
これだけジャイアンできるって凄いですね。

アメリカ国内に開拓する場所がなくなったアメリカは、海外へと目を向け、帝国主義へと向かっていたのです。
嫌な時代の始まりです。

ちなみに、アメリカの子供向け歴史サイトには事実が述べられているだけです。
譲渡、売却、スペイン軍がキューバを去った、とだけあります。

 

結果はそれとして、キューバ独立目的で始めた戦争、フィリピンで行われて良いの?

モヤモヤしますよね。
それを解決するべく、米西戦争のあらましを見ていきましょう。

米西戦争勃発までのキューバの状況と3つの独立戦争

キューバは1492年にコロンブスが到達して以来、スペインの植民地でした。
先住民もいましたが、スペイン人によりほとんど絶滅したと言われています。

※このへんはぜひこちらの記事を読んでいただきたい↓
※酷さがわかります。

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1492年10月12日、コロンブスがアメリカ大陸を発見しました。アメリカでは10月12日をコロンブス・デイとして、大陸発見を祝う日があります。でも、コロンブスは本当に大陸を発見したのでしょうか?実は、アメリカが大陸だと気付い[…]

 

植民地化により、砂糖産業と奴隷産業が活発になり、キューバは大発展しました。

1804年に近隣の島で革命が起こり、世界初の黒人によるハイチ共和国が誕生。
そこでの奴隷制プランテーションが壊滅したので、キューバは世界一の砂糖生産地になりました。

しかし1830年代から、スペイン支配者の抑圧が段々と強くなり、キューバ国内で独立への気持ちが高まっていきました。
そして、米西戦争までに3つの戦争が起こります。

  1. 1868年、10年戦争
    砂糖工場の所有者だったカルロス・マヌエル・デ・セスペデスとその支持者が起こした紛争
    名前の通り10年後、スペインによって鎮圧
  2. 1879年、小戦争(リトル・ウォー)
    これまた名前の通り、1年後には反乱軍の敗北で終了
  3. 1895年、キューバ独立戦争
    文学者のホセ・マルティが指導者となり、同士と共に、オリエンテのプライタスというところに上陸して開始
    アメリカが介入し、1898年の米西戦争に発展するも、ホセはキューバの独立(形式上でしたが)を見ることなく、戦死

スペイン政府は、キューバは植民地ではなく、スペインの州の1つだという態度でした。
一方アメリカは、キューバの砂糖資源に多大な投資をしていたので、それを失うことを密かに恐れていました。

アメリカの子供向け歴史サイトによると、

キューバの反乱軍鎮圧のため、スペインは軍隊を派遣
アメリカ人の多くはキューバにとても同情をした

ジャーナリズムが反スペインのプロバガンダを支え
事実よりも大袈裟に報道をして、スペインを批判した

とあります。

キューバでの独立したい気持ちを利用して、アメリカ世論の反スペイン感情を高め、戦争へと導いたのですね。
発行部数を伸ばすため、事実よりも世間の感情を煽ることを売り物にしているジャーナリズムをイエロー・ジャーナリズムと言います。
弱い者の味方の振り、大きな活字の見出し、盗用や捏造もオーケー!
米西戦争はイエロー・ジャーナリズムの影響が大きかったと言われています。
当時の大統領ウィリアム・マッキンリーは戦争を防ぎ、平和的外交でキューバ問題を解決することを望み、休戦を提案していました。
それが変わったのが、次の事件です。

米西戦争の始まりは戦艦メインの爆発

キューバでの独立運動が激しくなり、アメリカ海軍の戦艦メインは在留米国人の保護目的でキューバのハバナ湾にいました。

1898年2月15日夜9時40分、停泊していたアメリカ海軍の戦艦メインが爆発します。
戦艦メインは沈没、266名の乗組員が亡くなりました。

爆発の原因は今もハッキリとは分かっていません。

メインが積載していた石炭燃料が自然発火したという説が最も有力ですが、開戦を狙った自作自演説もあります。
被害者の数が多いですが…アメリカならやりそう?^^;

アメリカではなく、戦争をさせたかったキューバの反乱軍がスペインのせいにした、というのも考えられますね。
いずれにせよ、スペインは戦争に消極的でした。

ウィリアム・マッキンリー大統領も、米国民に忍耐を強く求めました。
しかしニューヨークの新聞社ハーストとピューリッツァーは、スペインの機雷のせいと決めつけ、事実として報道しました。

Spanish Murderers
スペイン人は人殺しだ!
Remember The Maine
戦艦メインを思い出せ!

という見出しを使って、キューバでのスペイン人が犯した残虐行為を大げさに書き立てたのです。
特にニューヨークジャーナルは、すぐにスペインとの戦争を、と参入を求める新聞を100万部も発行しました。

Mckinleyマッキンリー大統領

マッキンリー大統領は、キューバの独立を要求する通告をスペインに送りました。
スペインの首相はキューバ人に自治を与え、戦争回避を試みました。
しかしこれはアメリカを満足させるものではありませんでした。

4月19日、アメリカ議会はキューバの自由と独立を求める共同宣言を承認しました。
スペインを撤退させるため、軍事力も行使することも承認されました。

怒ったスペインは、21日にアメリカとの外交を断絶、23日に宣戦布告しました。
25日にはアメリカも宣言し、米西戦争が始まったのです。

…とアメリカの子供向け歴史サイトにはありましたが、実際は。

スペインは23日に米軍が領土に侵入した場合に宣戦布告すると述べました。

アメリカは、キューバが閉鎖された21日にはもう事実上の戦争状態だよね!

と宣言したのです。
つまり、先に始めたのは…アメリカかな〜^^;

なので戦争開始は21日になっているのですね。
ちなみにスペイン語のサイトでは、開始は25日になっていました。
立場の違い、なるほどです。

太平洋で始まった米西戦争

だからキューバってカリブ海でしょ?
どうして太平洋で戦争が起こるの?

当時、アメリカ人の多くも驚きと共に同じ疑問を持ったそうです。
答えは…、

スペインがフィリピンを植民地にしていたからです。

1896年にフィリピンが独立しようと革命戦争が起きた時、介入した過去もありました。
キューバと同じ!よし、行け!
という感じでしょうか^^;

スペインを追い払って、太平洋へ進出アジア市場の拠点を手に入れたい!というアメリカの野望がモロに出てしまっていますね。
もうバレバレ、あからさま過ぎます。

アメリカの子供向け歴史サイトでは、開戦後は淡々と事実が述べられているのみです。

ここではわかりやすく、国別に紹介したいと思います。

真っ先に始まったのは、フィリピンのマニラ湾での戦いです。

フィリピン

5月1日、アメリカの艦隊がスペインの艦隊を攻撃。
マニラ湾海戦と呼ばれています。

これにより、スペイン艦隊は壊滅状態、アメリカ艦隊はほぼ無傷でした。

 

スペイン海軍の次は、陸軍です。
マニラには1万を超えるスペイン陸軍が常駐していました。

アメリカはフィリピン独立運動の指導者アギナルドと会談し、独立軍からの協力を得ることに成功します。
勝利の暁には、独立を約束しました。

独立軍はフィリピンの10州を支配し、マニラを包囲するまで頑張りました。
そして6月12日には独立宣言をしました。(後にアメリカは独立の約束を反故にします。)

フィリピンとアメリカについて詳しく↓

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米比戦争、両国の思惑と、独立を認めた理由

スペインは8月に降伏しました。

ただ、フィリピンから相当恨まれている自覚があったのでしょう、
フィリピン軍はマニラに入れないこと
を降伏の条件としました。

アメリカはそれを守り、フィリピン軍が市内に入るのをことごとく阻止しました。
自分の国なのに、フィリピン軍は首都へ入れず蚊帳の外…将来をどんなにか不安に思ったでしょうね。

★『1898 スペイン領フィリピン最後の日』
2016年に作られたスペインの映画で、ベリベリ病など戦地ならではの病気も出てきて、戦争の恐ろしさが感じられます。
もうアメリカに植民地権は移っているのに、信じないで教会に立て篭るスペイン軍の中尉にイラつきました^^;
Netflixで動画配信されています!

グアム島

子供向け歴史サイトには、こうありました。

5月10日、アメリカの海軍長官は、巡洋艦チャールストンの指令に命令を出しました。
マニラに向かう途中でグアムを占領せよ。

ついでかい!

6月20にグアム島に到着。
巡洋船チャールストンは数発、砲撃しました。

スペインの司令官は戦争が始まったことを知らなかったので、発砲は敬礼だと思いました。
そこで火薬が無くて敬礼を返せないと謝罪したところ、戦争中だと教えられたのです。
(ギャグみたいですね^^;)

スペインはすぐに降伏し、スペイン兵54人は捕虜になり、グアムは占領されました。

キューバ

本命?のキューバ、カリブ海での戦いです。

6月10日、アメリカ海軍がキューバのグアンタナモに上陸しました。
キューバでは主な戦いが3つありました。

  1. 6月24日、ラスグアシマスの戦い
  2. 7月1日、サン・フアン・ヒルの戦い(最も有名)
  3. 7月3日、サンティアゴの戦い(最大の海戦)

1と2の戦いでは、ラフ・ライダーズが活躍しました。

RoughRidersサン・フアン・ヒル攻略後のラフ・ライダーズ

ラフ・ライダーズはアメリカ陸軍の義勇騎兵隊です。
(新聞に煽られて、やってやるぜー!と思った方達だと思います。)
2の戦いでは、後に大統領となったセオドア・ルーズベルトが指揮していました。

3の戦いでスペイン艦隊は全滅。
17日にスペイン軍は降伏しました。

実は戦争による被害者よりも、暑さと蚊を媒体にした病気での死者の方が多かったアメリカ。
30日に撤収命令が出て、8月7日に撤収を開始しました。
過酷で辛い戦いだったのですね。

★『CUBAN VOLUNTEERS EMBARKING』
キューバ人の志願兵が船に乗り込むところです。エジソン社が米西戦争撮影のため、キューバで撮ったものです。この手の動画が多く公開されましたが、演出されたものも多かったそうです。

プエルトリコ

プエルトリコはカリブ海の北東にあります。
地図で言うと、キューバの右にドミニカ共和国があり、その右がプエルトリコ、キューバと比べると小さな島です。

ここも同じく、スペインの植民地であり、独立運動が起こっていました。
そこでアメリカの登場です。

5月12日、アメリカ艦隊が首都サンフアンを攻撃し、サンフアン湾を封鎖しました。
陸上攻撃は7月25に始まり、一進一退を繰り返す激しい攻防の末、スペインが主権を放棄する休戦協定に署名をしました。

米西戦争が終わる8月13日、プエルトリコでの全ての軍事活動は中断されました。

子供向け歴史サイトでは、プエルトリコでの戦いは全く出てきません。
最後にキューバやフィリピンと同じく、スペインが休戦に署名した、とあるだけです。

 

こうして4か所で戦い、米西戦争はアメリカの勝利で終わりました。
アメリカは4か所全てを手に入れました。

米西戦争は表向きはキューバの独立を支援するということでしたが、もちろんアメリカはそこまでお人好しではありませんでした。

まとめ

米西戦争をわかりやすく解説!アメリカの子供が学ぶポイントとは?、いかがでしたでしょうか?

  • 米西戦争は、スペインが植民地にしていたキューバをめぐった戦争、約3か月と3週間
  • 表向きはキューバの独立を支援だったが、実はスペインの他の植民地が狙いだった
  • 戦争で勝利したアメリカはフィリピン、グアム、プエルトリコを獲得した
  • キューバでは米西戦争までに3つの独立戦争があり、アメリカのジャーナリズムは事実よりも大袈裟にスペインを批判した
  • 戦艦メインの爆発沈没をきっかけに米西戦争が勃発
  • フィリピンから始まり、グアム島も占領
  • カリブ海ではキューバ、プエルトリコでも勝利
  • アメリカは帝国主義への道を進んでいく

でした。

なんかアメリカの嫌なところを見ちゃったなー、という感じでした。

リメンバー・ザ・メインなんて、リメンバー・ザ・パールハーバーだし、毎回こうやって煽って戦争して来てるんだろうなあ、って。

人種差別も根底にあるんだろうなとか、暗い気持ちになりました。

特に裏切られたフィリピンの人たち、可哀想です…。
でもアメリカ、謝罪とかしてないんだろうなあ〜。
これだから嫌われるんですよねー。

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